浮き葉的余生に

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zoom RSS ホワイトサンズ事件 @ダニエル・フライ 久保田八郎訳

<<   作成日時 : 2015/04/16 00:00   >>

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 世界円盤研究史上で名高いフライの体験は1950年の七月に米国のホワイトサンズ実験場で発生した。今を去る22年前のことで物語りは少々古いが、これは真実の驚異的円盤同乗事件とみなされて今もなお多くの円盤研究家の対象となっている。本誌はフライの体験記である。The White Sands Incidento を全訳により二回に分けて連載することにした。この全訳公開は本邦最初と思われるので読者には貴重な材料になると信ずるものである。編者が別方面から入手した情報によれば、フライが乗った円盤は別な太陽系から来たものであるという。
 久保田八郎訳 。
  
 ダニエル・フライは1908年7月19日にミネソタ州ヴァ−ドンで生まれた。ここはミシシッピー川の小さな船着場である。9歳のときに両親を失い、以来17才になるまで母方のもとで育てられ、1920年に祖母と一緒にカリフォルニアへ来た。

 ここでの彼は一般の少年と異なるところはなかったが、ただ知識欲(特に科学的知識)は異常なまでに旺盛であった。

 両親は何も財産を残さなかったので、18歳の時には自活しなければならなかった。高校の課程を終えて大学へ進学したかったが、当時の大不況のために容易に職が得られず、通学のかたわら働いて生活することは不可能であった。結局正規の進学の機会は得られないことを知った彼は、パサデナ公立図書館の教科書・参考書部で夜間の独学を始めて、ここに数年間通い、大学で学ぶのと同じ過程を勉強した。

 特に化学と爆薬の応用法に興味を持つようになり、その結果爆発物取扱技師になった。この職業に従事するうちにやがてロケット工学の分野にはいったのである。

 1934年にパサデナで結婚して幸福な家庭生活を楽しんできたが、悩まされたのは仕事のためにしばしば移動する必要にせまられたことである。一人の息子と二人の娘がある。

 フライは本書の刊行までエアロジェット・ジェネラル・コーポレーションで三年間働いていた。これは世界最大のロケットエンジンの開発製造会社である。

 1949年から50年にかけてフライはニューメキシコ州のホワイトサンズ実験場でほとんどをすごした。ここで彼は巨大なモーターのテスト用装置の設置に従事したのである。続く。

↑本などの整理をしていたら、以前に頂いたコピーが出てきたので、再度ここに掲載させて頂くことにした。宇宙人はいるのかなどというレベルではなく、大昔から地球には大勢の宇宙人が飛来しているのである。





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