浮き葉的余生に

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zoom RSS 無罪にしてはならない

<<   作成日時 : 2017/07/01 10:47   >>

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茫茫と奥多摩はあり梅雨の底   美代子


 朝刊一面トップに 「東電元会長ら無罪主張」の記事があった。

 2011年の東京電力福島第一原発事故をめぐり、業務上過失致死傷罪で強制基礎された東電の勝俣恒久元会長(77)ら旧経営陣の三被告の初公判は30日午後も東京地裁で行われた。

 検察官役の指定弁護士は 「三人が義務と責任を果たしていれば事故は起きなかった」 と主張し、弁護側は 「法令上必要な対策は取っていた」 と反論した。 東京新聞から。


↑津波は想定出来なかったというが、「想定出来なかった責任」 というのもあるはずだ。原発だから、あらゆる災害を想定して対策を取るべきであり、事故が起きたのは、それらを怠ったからなのだ。無罪にしてはならないと思う。無罪にすれば誰も責任を負わされないということになり、第二の事故は必ず起きる。逆に有罪になれば皆が背を正すかもしれない。刑務所に入りたくないからだ。

 強制起訴された東京電力元幹部
 
 1)勝俣恒久 元会長 =2008年2月、大津波襲来の危険性が指摘された会議に出席したが、対策せず。

 2)武黒一郎 元副社長 =原子力・立地本部長として大津波の試算報告を受けたが、対策せず。

 3)武藤栄 元副社長=原子力・立地副本部長として大津波の試算報告を受けたが、対策せず。

↑これで無罪を主張するとは余りにも厚顔無恥。東京新聞の原発取材班キャップ 山川剛史記者が以下のように書いている。

 福島原発事故の発生当初から取材を担当する中で、久しぶりに東京電力の元経営陣たちが 「予測できなかった」 「想定外」 のせりふを繰り返すのを聞いた。

 だが、東電は何度も自らの原発で、非常用発電機や分電盤などがある建屋地下への浸水事故を起こしている。安全対策の担当幹部だった故・吉田昌郎元福島第一所長は 「あれでものすごく水の怖さが分かった」と語っているが、東電は具体的な対策を講じていない。

 傍聴しながら、その事実を思い出した。もし東電が原発の巨大リスクを十分認識し、電源設備の移設、防水、多重化のいずれかの対策をこうじていれば、たとえ「想定外」の大津波に襲われようと、福島の原発事故は起きなかったか、事故の規模が違ったはずだ。

 政府や国会の事故調査委員会は、事故原因を解明しないまま活動を終了。福島第一事故は収束にはいまだ遠く、数多くの被害住民は生活を取り戻せないでいる。政府や電力各社は、住民避難や核のごみの問題を解決せずに、各地で原発再稼働に突き進んでいる。

 そんな今、東電公判は単に元幹部三人が有罪かどうかを争うだけでなく、大きな自然リスクにさらされる日本で二度と「想定外」を繰り返さない重要な機会となる。 終わり。

 ↑これでも無罪とするなら日本はもう終わりである。暴力団国家となり果てるのだ。便利な生活を求めて電気を欲しがった私達にも責任はある。それはいろいろな形で責任の一端を担うことになるはず。高い料金を支払ってきたのだし、東電は十分に潤ってきたはず。責任だけは取らないというのでは許せないではないか。




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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 美代子さんのおっしゃる通りです。原発事故です。放射能を振りまいたのです。原爆を落としたの匹敵する責任があります。
 私、いじめによる自殺が起きやしないか不安でしょうがない二年間がありました。学年主任でした。小心ゆえに、取りうるすべての手を打ちました。不安でしょうがなかったのです。
 しかし、それは、生徒が死ぬことを恐れたのではなく、そのことで一生苦しむ自分を恐れたのかもしれないと思うんです。「かもしれない」ではなくてそうだったという方が正直です。
 だから、これ自慢に話しているのではないのです。私は、そんな崇高な人間ではありません。しかし、東電の被告たちと違うのは、自殺がもしあの時起きてしまっていたら、今の心穏やかな生活はないだろうことは言えることです。精神を病んでしまったかもしれません。教師を続ける気力を失ったかもしれません。
 しかし、彼らは平然と責任論に対し、反論しています。それが理解できないのですね。責任がないというなら、謝るなと言いたい。しかし、それをしないのは世間の批判を恐れるからです。批判を恐れて謝るが、責任はない、どんな論理でしょうかね。「自分に嘘をつくな」これが最高にして最低の倫理と思います。。
スキップ
2017/07/02 10:49
 スキップさん、最近は大企業のトップの無責任ぶりが目立ちますね。自分の身の安全ばかりを考え、責任の取り方を知らないというのか、これほどの大事故を起こしておきながら、無罪を主張することの異常さ。幼稚な人間が企業のトップに坐るとこうなるといういい見本ですね。あとは裁く側がどう出るかですが、想定外を認めるなら原発など再稼働させてはならないですね。
 虐めによる自殺は難しい問題ですね。虐めの根底には親の経済の格差だの、顔の美醜だの、勉強の出来不出来だのと、いろいろあって奥が深いですからね。責任を取らされたくないために、「虐めはなかった。あくまでも本人の問題」として学校や教育委員会は逃げますが、それを責めても後の祭りですから、そうなるまでに親の方ももっと努力出来たのではないかと思うんです。担任に言っても中々改善されないですから、親が直接虐めの相手に会い、何らかの手を打つことも出来たはずで、自分が出来ないことを、学校にばかり求めるのもどうかと思うところがあります。自分の子どもを守れるのは自分しかいないと思ってほしいですね。スキップさんのように責任感の強い教師に押し付けて病気にしてはいけないです。自殺した子の親にも半分以上の責任があると思います。学校に言えば事が済むというのは間違いでしょう。
 しかし、大人の世界の虐めのほうがもっと酷いかもしれません。ママ友の世界もかなり酷いようで、想像を絶しますから。笑。
美代子
2017/07/02 13:19

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