「この季節」人生いろいろ。

秋刀魚焼く昨日が遠き日のやうに    美代子

雨気ふくむ白侘助をそつと挿す

ありのまま生きてごらんよ鳥帰る


 三月、四月というのは誰にとっても特別な月ではないだろうか。子育ては何かと大変だったが、受験は特に神経を使った。この時期になると思い出すことがある。長男が一浪して東京の大学に合格し、入学式に間に合うように家を出たのは、ギリギリの前日だったように記憶している。

 私は体調が悪くて伏せる日々だったため、玄関で長男を見送ったのだが、どうせ名古屋にはもう戻ってこないだろうから、ひょっとしたらこれが今生の別れになるかもしれないと思い、涙を振り絞るようにして見送ったのだった。

 まさか、次の日に帰ってくるなど誰が想像しただろうか。大学の寮で「新歓パーティー」なるものが開かれ、寮に入るのが一番遅かった罰とかで先輩たちから無理やり酒を飲まされたようだった。もともと高校生のころからお中元などで貰うビールをジュース替わりに飲んでいたような息子なので、アルコールの基礎?は出来ていたのだが、それでも一回の量はせいぜい500CCくらいの缶ビール一本であった。

 どれくらいの量を飲んだのか分からないが、息子はほとんど気絶したようになって寮の自室の二段ベッドの上に寝かされたようだ。いわゆる急性のアルコール中毒である。苦しさの余りにベッドから落ちた息子は首を強打し、人事不省に陥って、救急車で運ばれた。幸い、首の捻挫だけですみ、点滴で蘇ったため、次の日の入学式には出たようだが、医者からは一週間くらいは静養するようにと言われていたため、付き添われて名古屋に帰ってきた。

 首に輪っか?を付けて帰ってきた息子を見てびっくりした。とにかくベッドに寝かせて「バカ、涙を返せ」と一言言ったものの、アルコールの急性中毒で死亡する学生が多かったころなので、良く命があったなと内心ではほっとしていた。私自身も寝たり起きたりの生活だったため、家に病人が二人いるようなものだった。

 小学生から野球をやってきたからか、三日もするとかなり回復し、早めに大学に戻って行った。しかし、酒の味を覚えた息子はその後、すっかり大酒のみになってしまったようだ。

 三年生からはアパート暮らしになったが、部屋にはほとんど帰らず、友達(後に医師になったもりたくん)の部屋で過ごすことが多くなった。彼も酒に強い体質で大酒飲みだったため、アルコールとは縁の切れない生活だったのではないだろうか。正月などの休みには必ず彼を連れて帰ってきた。正月だしと、好きなだけビールを飲ませておいたら、空き缶の量が凄くて近所の人に笑われたものだ。

 ある日、息子のアパートの大家さんから電話が入った。「あの~、いきなりですが、息子さんひょっとしたら部屋の中で死んでいるんじゃないかと娘が言うんですが」・・・「え~っ?」「この半年、息子さんの姿を見たことがないし、部屋の電気が点いているのも見たことがない。娘が変だ変だっていうものですから」と言うではないか。

 思わず私は「あの、息子は部屋の中でおとなしく死んでいるようなタマではありませんよ」「え?」「友達の部屋にいることが多いんですわ。バイトもあるし」「でも、一度、誰かに来ていただいて、ご一緒に部屋の中を確認したいんですが」「分かりました」

 数日後に親戚の人に来てもらって、大家さんと一緒に部屋の中に入ってみたら・・・薄暗い部屋の中に布団が敷いてあってその布団が盛り上がっているので、誰かが寝ているのは確かだ。ドアを開けてそれを見た二人はてっきり死んでいると思い、玄関で「〇ちゃ~ん!」と叫んで腰を抜かしてしまったそうだ。

 何も知らずに寝ていた息子が、ひょいと首を上げ、寝ぼけ眼で「はい?」と言ったため、二人はもう一度「ぎゃ~」と腰を抜かしてしまったそうだ。もう、三人とも訳がわからない。???が続いたあと、落ち着いて話を聞いてみれば・・・

 息子はたまたまその日に限って、バイト先からの帰り道に郵便物などを取りに部屋に寄り、疲れていたため部屋に入ってそのまま寝ていたのだ。電気が点かなかったのは、単に電気代を支払ってなかったため切られていただけのことだ。その後、大家さんの奥さんがひたすら謝ってくれたが、私はそんなことだろうとは思っていた。一件落着で、その後、何とか卒業出来ることになり、就職試験を受けたのだが、この時も大変だった。

 何とか一次、二次試験に合格し、最終試験は東京で行われた。社長、重役などがずらりと並び人間性を見る面接試験だ。息子は前日からさすがに緊張していたようだ。しかし、そんなことを知らない後輩が、両手にビールを沢山下げて部屋に来た。息子は帰れとも言えずビールを飲み始めたが、結局はそのビールがなくなるまで飲み、次の日の面接に遅れてしまったのだった。

 入口で担当の人に「こんな日に遅刻してくる奴があるか!」と叱られ、恐る恐るドアを開けると、ズラリと怖そうな人たちが並んで自分を待っていた。「こりゃ、もう駄目だな。あきらめるしかない」と思うとかえって気が楽になったようだ。「アルバイトは何をしてたのか」と聞かれて「はい、ラーメン屋で餃子焼いてました」「なんだ君は餃子を焼いてたのか」と皆に爆笑されたそうだ。。あとはパチンコ屋だ。大人しく家庭教師などする男ではないのだ。( ´艸`)

 「君は当社しか受けてないようだが、何故かね」「僕は小さいころから御社の球団のファンなので、そのそばで働きたいと思ったことと、祖父と先祖が元社員でした」と言ったのだそうだ。祖父の名前は出さずに自力で受けると言っていたのだが、さすがに最後には出してしまったとのことだった。コネで入れば、自力で入ったやつに生涯の負い目を背負うことになるので一次、二次でも出さなかったのだ。

 息子には絶対に就職してもらわないと困る。もう学費も仕送りも出来ない。何とか合格してほしいと思った私は、ひたすら朗報を待っていた。しかし、何の音沙汰もないまま、午後遅くに本社から自宅に電話が入った。少し怒りながら担当の人が「今日は絶対に部屋にいるようにと息子さんに念を押しておいたのに、電話したら・・・い、居ないんですっ!」「え~っ、」「しかし、一応、合格ですから、お母さんの方にお知らせしておきます」「は~っ?」

 電話を切った私はその場に、へなへなと座り込んでしまった。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 23

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い

この記事へのコメント

さすらいの、、、
2021年03月17日 15:02
読み応えのある文章でした。本当に人生いろいろ、を実感させていただきました。記憶力の秀逸さ、言葉もありません。
美代子
2021年03月17日 17:29
 さすらいさん、この時期になると思い出す苦い経験ですよ。このブログでも何回か書いてます。( ´艸`)。
 さすらいさんのお子様たちは皆こんなこともなく順調だったんでしょうね。
ようやく春らしくなってきましたね。もう、椿は終わりに近いです。桜はまだ見られませんが、咲きだすと一斉で、あっちも桜、こっちも桜。わざわざ見に行かなくてもお花見は出来ますよね。さすらいさん、新コロナにはご注意くださいね。感染力が強いらしいですよ。
 
ハイジママ
2021年03月21日 19:51
私も 色々 思い出します。
息子のプライベートですから 描きませんが。
似たような経験がありますよ。(笑)
美代子
2021年03月21日 21:40
 ハイジさんのお宅でもいろいろありましたか。まあ、男の子を持てば、何かと心配事は絶えませんが、無事に社会人になれたことを喜びましょう。あとのことは自分の責任なのでどうにもなりませんが、人間の寿命は遺伝子レベルで決まっているようなので、心配してもきりがありませんね。( ´艸`)